» 歴史のブログ記事

 フェミニズムという思想によって男女の性差を無くそうとし、男女間に深い溝が出来ていることはこれまで散々語った。ではこのままジェンダーフリーが加速していくとどうなるのか。世界で最も神に近い男、内田貴洋がこのテーマに挑む!

 まずジェンダーフリーを推奨していくと、旧来の性差に基づいた社会が一番である、と主張するグループ、男社会が至高であると主張するグループ、女社会が至高であると主張するグループ、そしてジェンダーフリーをそのまま推進するグループに分かれる。これらがそれぞれ分裂独立し、世界中の国家というものが今よりももっと複雑な形をとるようになる。さて、ここまでは様々な方が予想した範囲である。現に某漫画などでもこの様子は描かれている。

 内田貴洋はここから更に駒を進める。このそれぞれの世界がどのように成長していくかを啓示する。

★旧来の性差に基づいた社会が一番である、と主張するグループ

 このグループはイスラームである。社会的生産性と、全体的幸福度はこのグループが4グループ中トップになる。1300年もこの社会構造を保っているのだから、今後もこれが揺らぐことはない。

★ジェンダーフリーをそのまま推進するグループ

 このグループはとにかく徹底して男女を意識させるものを排除しようとする。男には女性ホルモンが打たれ、女には男性ホルモンが打たれる。長髪は禁止、服装も統一される。個性はすべて奪い取られ、家庭を持つことは許されない。なぜなら家庭内での役割の差がそのまま性差に繋がるからだ。ありとあらゆる家庭内の機能が外部に委託され、複雑な分業システムが出来上がる。例えば女の子宮を子育てに使うことは許されず、すべて人工授精で人工胎盤で育てられる。子供が家庭に預けられることはなく、すべて公的機関で育てられる。もちろんそれを維持するのは税金なので膨大なコストがかかる。人々は個人で生活をし、生活の上の行動をほとんど外部社会に委ねる事になる。食事は外食、健康管理も外部、精神衛生も外部に見てもらう。現代社会で言うと共産主義圏の人々の精神状態がこれに最も近い。

★男社会が至高であると主張するグループ

 このグループは女に一切権限を与えない。女に文化すら与えない。女は言葉を発しなくても良いとする。つまり人権を与えないのだ。男のみで社会が運営され、女は生まれた時から人間牧場へと放り込まれる。DNA操作によって美女ばかりを生産する人間牧場が出来たりもする。男は金が余ったら適当に牧場に行って女を選んで買い、ペット感覚で家庭で飼う。適当に子供をこしらえて2年程度で子供が乳離れしたらその女は殺してしまう。子供が女児なら牧場へ売り、男児なら自分で育てる。女は正に産む機械としてのみ扱われる事になる。

 そういえばこのような社会は実在したのである。隣の国、中国がそうである。中国は歴史上炊事洗濯家事育児すべて男の仕事である。家庭内で仕事をさせないという事は、裏を返せば何の権力も与えないという事である。この内田貴洋が中国にいた時、周囲の日本人女は「中国の女は楽でいいなー」などとのたまっていたが、物事を深く考えればこのカラクリに気づくはずである。実際中国では、男の浮気率が半端なく、中国男は愛人を作る確立が世界一高い。女が金を稼げなくなれば用なしなので即離婚である。女は子供を産む機械で、夫婦別性なのも女は永遠にその父親の娘という意識から成り立っているものである。纏足という習慣にこの文化が集約されている。女は性愛玩動物扱いだったので何も出来なくても良かったのである。

★女社会が至高であると主張するグループ

 このグループは男には一切権限を与えない。女は気に入った男がいれば恋愛同棲して子供を作り、しばらくしたら飽きて別の男とまた恋愛に陥る。但しこのグループが上記のグループと違うのは、女は頭脳明晰な男の遺伝子が欲しいので言語や文化をきちんと男に教えるという点である。女は容姿の優れた男としか子作りをしないので、自然淘汰でこのグループの人間の美貌は凄まじいものになる。だがしかし、社会としては女がたとえ妊娠中であろうと社会的義務を負うので、生産性はかなり低下する。どんなにつらい時も男に頼ることは出来ず、むしろ反対に男の面倒を見なければならない。またこのグループは他のグループと比べると戦闘能力が著しく低い。

 古代ギリシャ時代の黒海沿岸にアマゾーンと呼ばれる部族があって、そこではこのような女権社会が構成されていたようだ。また、現代でも中国のどっかの少数民族の村は女権社会である。トラック諸島などのミクロネシアにも一部女権社会は残っている。しかしいずれも生産性がひどく悪いので、徐々に社会秩序が変わってしまっているようだ。

 以上内田貴洋の最も神に近い言葉。

 今世界はフェミニズムの脅威に晒されている。フェミニズム思想とは、女は女であるというだけで男より価値があり、敬われるべきだという堕落の思想である。何故このような事態が起こりえたのかというと、それはセックスにおける男女の需要供給に差があるからであり、またセックスは人間の本能に直接結びついていて人生と切り離せないからである。そして殆どすべての人間は男女問わず性欲の奴隷となるからである。

 ここにセックスのコストを計算したデータがある。

http://blog.livedoor.jp/kazu_fujisawa/archives/26941044.html

 これによると、女は15-30歳までがセックス資源と為り得るのに対し、男は15-60歳までがセックス資源になり、女が圧倒的供給過多で、男は慢性的なセックス資源不足に悩まされている、という事である。
これを更に緻密に計算していくと、一人の女性を巡って平均13.3人の男性が争っている事になるという。こういう状況になると、中身がどうであれとりあえずセックスしたいと考える男が、女の中身を見ずに無条件でチヤホヤしはじめる。そして女は中身を磨く事をやめる。女は性的に上の立場に立っただけなのに人間的にも上であると勘違いを始め、フェミニズム思想に走っていくことになるのだ。日本のバブル期などは典型的である。男達はアッシーだのメッシーだのに進んで甘んじ、女を甘えさせ、堕落させた。

 しかし不思議なのは何故このようなフェミニズム思想が現代において噴出してきたのだろうか、という事である。過去にもこのような現象はなかったのであろうか。実は例外である女権社会を除いて、現代までフェミニズム思想は発生していない。ちなみに女権社会の発生にはいくつか条件があり、その内最も重要な要素は安定した気候と豊富な食物、戦争の危険のない地勢的に奇跡のような場所、に限られる。尤もこれらの女権社会もグローバリゼーションが行き届いた現代社会ではその安全性は保障されず、生産効率の悪い女権社会は変革を迫られている。

 話が横道に反れた。ではフェミニズムはどうして起こったかを具体的に解説しよう。
 まず第一に医療の進歩が挙げられる。古代の医療技術では男児は4人に3人は3歳以内に死亡していた。テストステロンという男性ホルモンが免疫力を弱めてしまうため、女児に比べると男児は死亡率が圧倒的に高い。もうこの時点で男女比は1:3に近くなっていたのである。そして戦争で男は大量に死ぬ。なので男女比は更に凄まじいことになっていた。女児は労働力として使い勝手が悪く、レイプされて妊娠してしまったりと厄介だったので生まれた途端に生き埋めにしていたりしたようである。古代~中世そして近世までこの流れは続く。女が大量に余っていたので、セックスの需要と供給バランスは均等に保たれ、フェミニズム思想なんて出る幕もなかった。

 近世に入る。医療がだいぶ進歩してきて、男女比は以前ほど開きがなくなってきた。しかし度重なる戦争のため、矢張り多少女余りになる。とは言え今ほど家電製品が発達もしていなかったので、女には女の職が多数存在し(洗濯屋など)、実は現代の女より自立していたのである。意外なことだが、この時代は男女がそれぞれの役割を全うし、歴史上最も男女平等な社会だったのである。日本で言うと明治時代である。女の側は自立して食べていくことが出来たので対して夫に対して特別貞淑なわけでもなく、夫が気に入らなかったら愛人に乗り換えなどして過ごしていたようである。20世紀も中盤に入ると家電製品が進歩し始め、女の職がなくなり始めると、女は男の経済的庇護なしには生きていけなくなった。ここに完全男尊女卑主義が成立し始める。当然女は面白くない。

 そしてインフラの発達により女は女の仕事を奪われた。女に頼らなくてもよくなった男達は男尊女卑思想を加速させる。だがこれにストップをかける事件が発生する。世界大戦である。二度の世界大戦は国家同士の凄まじい消耗戦になった。国家は非戦闘員まで動因して戦争のための生産にあたらせた。この時、今まで職がなかった女達にも軍需工場で仕事を与えられ、ある程度稼ぎが出来るようになった。国によっては女を兵士として使った。女はここに活路を見出したのである。自分達も男と同じ仕事をして男化すれば権力を取り戻せると考えた。ここから女の逆襲が始まる。それはまず参政権運動から始まった。しかしこれはまだ納得できる範囲の正しい行動であって、今のフェミニズムほど馬鹿げた要求でもなく、あくまで同権を求めるだけであった。

 さて第二次世界大戦を乗り越えて、平和な時代が到来した。戦争からの帰還兵達があちこちで家庭を作り、ベビーブームを引き起こした。この時生まれた団塊の世代と呼ばれるこの第二次世界大戦参加国に共通して存在する世代は、教育者の圧倒的不足により、教育面で他の世代に比べて充足を得ることが出来なかった。最大の失敗は「正しい母親のあり方、正しい父親のあり方」を教育されなかったことである。
 この団塊の世代は自分達がそうであるように、自分達の子供に正しい親のあり方を示すことが出来なかった。こうして家族というものの大切さを忘れ、個人主義に走り出した団塊の世代達、そしてその子供達によって過剰なフェミニズムがスタートする。
 
 通常正しい父親というものは、自分の娘の世代に手を出したりすることはない。正しい母親は、娘に正しい貞操教育をする。だが、団塊の世代の男と団塊ジュニア世代の女はお互いに正しい見の振り方という教育を受けていない。団塊の世代の男はいかにしてマスコミを通じて娘世代を馬鹿にさせて股を開かせるか、そして団塊ジュニア世代の女はいかにして自分を高く売りつけて経済的、精神的に依存するかばかり考えるようになった。団塊オヤジは娘世代女に中身など求めなかった。だからいかにして外見を磨くかを競い合わせるように情報操作し、愛人向けの女を大量生産しようとした。娘世代の女側も自分達にとってそっちのほうが楽なので、それに乗っかった。つまりまんま先のセックス格差で述べた通りの展開を見せたのである。

 一方で男化していく女達の要求はとどまるところを知らない。男女雇用機会均等法という爆弾が落とされ、人類を堕落させるフェミニズムという思想が加速していく。現実問題、男と女を比べるとほとんどの場合男向けの仕事の能力で女は劣ってしまう。能力主義、機会の均等ならば文句はないのだが、フェミニズム団体が求めたのは結果の平等であった。ここに最大の過ちがある。「女だから劣っててもしょうがないじゃん。でも平等に扱わないと差別だからね。」という不当な要求を馬鹿な先進国の政治家達が、得票欲しさに認めてしまったのである。ある意味民主主義の構造的欠陥とフェミニズムはセットであるとも言えよう。これが更なる悲劇を生み出した。事実上男化女は都合の良い部分だけ性差を持ち出して国家の保護を要求し、都合の悪い部分は旧来の男尊女卑思想に甘えるというダブルスタンダードを使い出したのである。

 社会は著しく非効率的となり、旧来女の役割であった家庭を保つという仕事を誰もしなくなった。家庭は崩壊し、人々は未来に希望が持てない社会になってしまった。フェミニズムを推奨した国家は軒並み離婚率やシングルマザー率が半端なく、犯罪率は右肩あがりで財政状況はガタガタである。まさに誰得状態。当の男化女達も一生自立して働いていこうなんて考えているのは全女人口の1割もいない。(これは欧州のデータである)つまりフェミニズムを推し進めてきた連中がフェミニズム社会など絵空事だと自覚しているのである。これでは全員が死に向かって行進しているようなものである。

 しかし、これらのフェミニズムの流れとは無関係な国々があった。民主主義の欠陥とは無縁であった共産主義国家、未だにドンパチ戦争を続けている国家、そして、イスラームである。

戦争

| 世界情勢, 俺王国, 歴史 | | 1件のコメント

 戦争の定義と搾取システムについて以前書いた事があった。今回はそれとは別の見地から戦争という社会現象を見てみることにする。

 およそすべての戦争において、勝者と敗者が存在する。勝者は敗者から物資を奪い取る。原始的な戦争においてはそれは略奪という形で現れる。敗者はすべてを奪われ、自らの所属団体は消去、あるいは離散させられる。しかし戦争が大規模になるにつれて、戦闘の勝者と敗者がそのまま実際の勝者と敗者にはならないという不思議な現象が生まれてきた。この流れは大量殺戮兵器の登場と共に加速し、第一次世界大戦で確定的となった。

 大量殺戮兵器の登場により、生身の人間より武器のほうが優位に立つと、人間の価値は下落した。武器の価値は人を大きく上回り、大量の人間を殺すための武器を少数の人間で製造するという妙な産業が生まれた。結果として戦争と経済は切っても切れない関係となり、中世の戦争のように戦闘の勝者がそのまま経済的勝者とはなり得ない状況を作り出した。戦争が商売に変わったのである。

 インターネットの普及により、誰もが情報発信、取得を出来るようになった昨今ではその傾向が更に加速している。戦闘の勝者が敗者から略奪しつくして経済的勝者となる事はほぼ不可能になった。情報化社会によって敗者が世界中にメッセージを送る事が可能になり、勝者は国際的非難/制裁を受けることになる。よほど小規模な戦闘で、糞田舎の戦闘でもない限り戦闘の隠蔽工作は無理である。尤も軍事衛星がある限りそれも難しい。

 さて、以上の条件を考慮して、第二次世界大戦以降の世界各国の様々な戦争、紛争を見た時、意外な事実が浮かび上がる。「で、この戦争で誰が得したの?」という視点を持つとわかりやすい。

・第二次世界大戦
・朝鮮戦争
・中東戦争
・中印紛争
・ベトナム戦争
・アフガン
・湾岸戦争
・イラク戦争
・ユーゴ紛争

 書くとキリがないのでこのへんにしておく。結論から言うと圧倒的勝者はロシア軍である。思いっきり負け越してるのはアメリカ政府である。カラシニコフは世界中で最も売れた兵器である。50年以上のベストセラー。また、航空兵器の売り上げも凄まじい。しかもアフガンを除いて、それらの武器の使用者はロシア軍ではない。特に大規模な戦闘は中国人が肩代わりしている。圧倒的一人勝ちである。
 反対にアメリカは愚かである。自分で武器を作って自分達の命を賭けて使っている。しかも直接自分達の利益には繋がらない。全く馬鹿馬鹿しい。星条旗に敬礼しているアメリカ軍人はこの事実に気づいているのだろうか。アメリカ軍人達は一体誰のために戦ったのであろうか。

 21世紀に入り、911事件が全世界に衝撃を与えた。戦術的勝利を収めたところでそれが戦略的勝利には繋がらないことが証明されてしまったのだ。アメリカ、そして世界が揺れ動いた。あの戦争は一体何のために行われて、一体誰が得をしたのだろうかと考えるようになってしまった。アメリカがテロ、駄目、絶対。などと訴えたところでもう遅かった。聡明な人間はとっくに気づいている。騙されているのはアホなアメリカ貧困層だけである。

 反対にアメリカは今、イスラームの文化的侵略に悩まされている。アメリカ軍内部でムスリム将校が銃の乱射事件を行った事は氷山の一角に過ぎない。ネイション・オブ・イスラムから続くイスラームの文化的侵略はアメリカ政府にとって脅威である。文化的侵略を止めるには、その文化の粛清しかない。しかし最初に書いたように、情報化社会となってしまった今、文化の粛清など夢物語である。毛沢東、スターリンですら失敗しているのに民主主義のアメリカにそんな事が出来るわけがない。

 さてこれらの事例から読み取った教訓として内田貴洋は以下の戦略論を展開する。

・武力衝突で得をするのは第三者である。よって直接的武力衝突は防衛時以外選択しない。
・攻撃として最も有効な手段は文化的侵略である。メディアを支配したモノが勝つ。制空権制海権より制情報権を最優先するべきである。
・相手が小規模ならば武力で粛清をする。ただし2日以内に粛清できる目論見が立たない場合、それは諦めるべきである。
・相手が文化的侵略をしてきた場合、徹底した啓蒙によってそれを排除する。

 そういえば中華という文明はいつだって文化的侵略の大事さをわきまえていた。どんな民族に蹂躙されようと、自分達の文明の前には抗えないだろうと悟っていたのである。事実、中華を席捲した民族達はどれもこれも中華文明に取り込まれ、華人となった。清の三代目皇帝などはその最たる見本で、彼は満語を喋れなかったのである。しかし中華文明にたてついた人物は歴史上二人居る。一人はクビライ、もう一人は毛沢東である。結果は皆さんご存知の通りである・・・

 

 奴隷根性というものがある。これは支配階級から見た考え方で、「奴隷には所詮奴隷として生きていくだけの考え方しか出来ない」というものである。古代ギリシャやローマ、そしてイスラム世界、インドのカーストと、あらゆる地域で奴隷というものは歴史的に存在し、一部は現在でも残っている。南アフリカのアパルトヘイトなどもこの一種であった。

 奴隷身分の人間は長期的視野に欠けていることが多く、実際に奴隷階級が支配階級になると自分に都合のいい政策しかしなかったり、逆らう者や気に入らない者を大量粛清したり、大量の汚職をしてみたりととにかくロクなことにならない。一番いい例が南アフリカやシエラレオネである。歴史的には血塗られたエジプトのマムルーク朝がいい例であろう。

 これは、彼等が奴隷のモノの考え方から逸脱していないせいである。奴隷階級は、自分達が世界を作れるとは露ほども思っていない。今あるものから搾取することばかり考え、そこから先のビジョンなど見えていない。何故なら彼等には搾取する側とされる側、という社会構造しか見えてこなかったからである。自分が社会システムそのものを作るなんて考えは最初からないのである。

 さて、現代の日本を見てみよう。現代の日本人の多くは、いや99%と言っても過言ではない。日本人はそのほとんどが奴隷根性である。「苦労は買ってでもしろ」「働かざるもの食うべからず」「お上には逆らえない」等のキーワードを挙げれば皆さんピンと来るのではないだろうか。

 日本人は頭を使って楽することを罪とし、頭を使わないで苦労することを美徳とする民族なのである。何かと分相応という単語を使い、デカいことをしたがらない、気が小さく、冒険的な事を好まない。奴隷根性民族なのである。

 だがしかしこれはおかしい。日本という国は自然が豊かで、食い物には困らない環境であったはずだ。どちらかというとタイだとか南の島に近い生活環境だったはずである。彼等はどこか能天気である。全くセカセカしていない。事実、昔の文献を読むと昔の日本人は相当能天気である。滅茶苦茶適当で、大麻と酒ばかりやっていたようだ。今の日本人とは大違いである。

 では一体どこで日本人が狂ったのだろうか。私は徳川家康が作り上げた士農工商カーストシステムであると思う。豊臣秀吉だか松平誰彼だかが「農民は生かさぬよう、殺さぬように扱え」と言ったことで有名だが、彼は武士という支配階級を使って徹底的に下位カーストを苛め抜き、奴隷根性と奴隷の考え方を植えつけた。彼がどこからこのような支配階級の考え方を身に着けたのかは謎だが、結果として士族階級以外は奴隷根性へと変貌を遂げていく。

 だがしかし、幕末になって支配力が弱まると日本人が本来持っていた気質が復活し、幕府は安政の大獄などでこのような危険思想を取り締まったが遂に抑えきれなくなった。ええじゃないか音頭騒動などはこの典型的な例である。

 そして時は流れ、奴隷階級でない維新志士達によってついに徳川幕府が打ち倒される。この過程で維新志士、幕府共に農民を兵士として教育した。日本中に奴隷根性ではなく、支配階級の考え方を持つ人達が増えたのである。しかし、新政府が考えたことはカーストシステムの継続であった。そしてそのために、溢れすぎていた支配階級を排除しようと決めたのである。これに猛反対したのが西郷隆盛である。西郷は結局、士族という支配階級と共に滅亡の道を辿る。

  この時点で、日本国民のほとんどは奴隷階級出身の奴隷根性の持ち主となった。しかし一時的にそれがまた回復する。世界的に戦争の兆しが強くなり、どこの国も国民を兵士として育て始めた。日本も例外ではなかった。そのため大正時代は支配階級の考え方を持つ人が再び増えていった。そして日本は太平洋戦争へと進む。

 戦争では勇敢な精鋭ほど先に死ぬ。日本は派手に負け、わずかに残っていた支配階級層の考え方だった人はほとんどが帰らぬ人となった。GHQは日本を更に支配しやすくするために、当時の首脳陣達の処刑、支配階級であった華族の解散、財閥の解体、3S政策による奴隷根性促進、大麻の焼き払い等を行った。文字通り日本は骨抜きにされたのである。そして、これに日教組が拍車をかける。こうして出来上がったのが現在の日本人、超超奴隷根性民族なのである。

 ところでここまで書いてみて思ったんだけど、俺と同じこと考えて本にしてる人絶対いるよね?

 

貧困、とは何であるか、ということを考える。

貧困とは、GDPなどの貨幣所得状態を表す言葉ではない。生きていくための余裕度合いがない状態のことを指す。
例えば、自給自足生活を続けている南の島の部族の場合、所得貨幣はゼロである。しかし水産資源や森林資源に恵まれているため、生きていくための投資労力が少ない。まさに飽食、の状態とも言える。
反対に平成大不況にあえぐ日本国民の場合、食料は自給できず他国から買う必要があり、そのためには他国から貨幣を稼がねばならず、さらにその貨幣を稼ぐために他国から資源を調達し、他国のぶんまで生産している。投資労働力がかなり多い割に、確保できる食料資源は少ない。

このようにマイナス要素から見た場合貧困と裕福は、GDPで見る貧困世界と裕福世界とは全く逆の地図で示されることになるのだ。

そしてこのような貧困が何故起こるか。それは人口過剰である。何故人口過剰が起きるかは精神世界系の話題になるので他の機会にまわすが、概ねここで貧困=人口過剰、という定義が出来る。

では人口過剰になった土地ではどうするか。人口過剰になった土地では搾取システムが発達する。誰もが皆、自分より弱き物から奪い取ろうといった考えを持つシステムである。権力者が弱者から。そして最も弱き者たちは大地から搾取をする。こうして搾取システムの肥大(人口の増加)と拡張(権力の地理的拡大)多岐性(多階層化)を発達させ続けた結果、搾取システムの発達度(貨幣システムの発達度)が高いものが、搾取システムの発達度の低いものから搾取するという地域を大きく越えた拡張をもたらしたのである。

つまり経済的搾取をされているものは実は裕福であり、搾取しているほううは実は貧困であった、という面白い図が出来上がる。これに現代の地図をあてはめてみると、一番貧しい乞食国家が、裕福な国家から搾取を続けているという図が見て取れるわけである。

この国はいつになったら、豊かになるのであろうか。

 

私はマニアである。
何事も深く追求するタチである。

最近私がアニオタ化しているともっぱらの評判であるが、アニメは飯食ってる最中に見ているから(一回1時間半くらいかけて飯を食っている)詳しくなっただけであって、何事も中途半端にするのは気がすまない私の性格が、ただそう見せているだけである。

他にも魚突きマニア、バイクマニア、人間観察マニア、アクアリウムマニア、音楽マニア、人類学人種学マニア、比較文化マニア等数えればキリがないくらいで、これらの趣味は語ったところで誰も理解できないであろうから日記に書かないだけである。

最近アニメ関連の日記が多いのは、比較的ネットの人間関係にアニメ好きが多いから、そうしているだけである。

というわけで今回は私の趣味の中でもかなり上位の部類に入る
「歴史、戦術マニア」
の部分をクローズアップしてみたい。

歴史と言えば戦争。戦争と言えば歴史。軍事はその国、その民族の常に最先端技術や文化が投入される部分であって、戦争を見ればその国家が見えてくるのである。戦争の具体的な戦法を決定する戦術、武装、これらを紐解くとそこにはとても面白い世界が広がっている。

世界の大きな戦術の主流の流れをおおまかに言うと

戦車戦術

集団密集戦術

方陣戦術
↓(鐙の登場)
騎馬戦術

弓騎兵波状攻撃戦術

重騎兵突撃戦術
↓(鎧の進化)
集団密集戦術
↓(銃の登場)
方陣戦術
↓(銃の進化)
騎兵横隊戦術
↓(ガトリングの登場)
塹壕戦術

である。
この中でとりわけ面白いのは

弓騎兵波状攻撃戦術

重騎兵突撃戦術
↓(鎧の進化)
集団密集戦術

このへんである。12世紀~15世紀。
十字軍から百年戦争あたりまでである。
この時代はさまざまな兵科が活躍した時代であり、最強モンゴル軍団や悪名高いパイクチャージのスイス傭兵、狂信的突撃を繰り返す十字軍、そして様々な攻城兵器が生まれたとても面白い時代である。

戦術について語るとアレクサンドロスが確立した槌と金床戦法が復活を遂げるに至る過程が・・・・と、長くなりすぎたので本題にいこう。

アメリカに中世再現委員会(SCA)とか言う協会があって、そこでは中世の戦闘を忠実に再現するサバイバルゲーム中世版のようなことを行っている。

是非参加したい。それだけが言いたかった。終わり。

カレンダー

2026年5月
« 12月    
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
25262728293031

ページ