今日は男の立場からなぜ非処女が結婚に向かないかを語ってみたい。このエントリは多くの男の目を覚ますと共に、正しい男女のあり方を今一度見直すために内田貴洋が貴殿らに与える試練でもある。

 この理論を展開するとよく「え、でも自分が奥さんとしちゃったら奥さん非処女になっちゃうじゃん。」という馬鹿げた理屈で反論してくる阿呆がいる。このような事を言う輩は女の処女を勘違いしている。正しくは非処女=自分以外の男に身体を許した過去のある女、である。もっと生々しく言うと、自分以外の男に情けない格好で精子をどくどくと注入されちゃった過去のある女、である。ここをよく把握しておいてもらいたい。

 恋愛の本質は好奇心と独占欲である。好奇心がときめきをもたらし、独占欲が嫉妬を呼ぶ。後者はDNA理論、すなわち動物は自己のDNAをいかにして残すかということを本能として持ち、それに従って生きるという法則からも説明が出来る。ライオンやチンパンジーはグループのリーダーであるオスが入れ替わると、前のリーダーの子供を皆殺しにする。これは自分以外のDNAはどうでもよく、自分のDNAをいかにして残すかに重きを置いているからである。この行為を一般的に子殺しと呼ぶ。

 子殺しに見られるように、動物は自分の遺伝子の問題となると非常に神経質になる。 オスは自分の確保したメスに他のオスを近づけさせない。いつそいつの遺伝子が種付けされるともわからないからだ。これが男から見た嫉妬の正体である。
 嫉妬は今現在だけではなく過去にも及ぶ。過去に別の男の子を身ごもったとする。この時母体に大きな変化が訪れる。お腹の中の子の遺伝子の半分は男のものである。そして、母体はその子供と血を共有している。自分の純血な遺伝子以外はいらない、というのは子殺しで十分に証明されている。だから男は前の男と性交渉を持った女は避ける。

 また同時に、本来動物は避妊などしないものであり、DNA鑑定も自然界には存在しない。他のオスと交わった形跡がある場合オスは生まれてくる子供が確実に自分の子供であるという確証が持てない。であるからして処女という保障はオスにとって非常に有効な証明書になるのである。避妊してたから大丈夫、不安ならDNA鑑定もある、という問題ではない。これは男に本能レベルで組み込まれてる自己DNA保護の考え方であり、いくら理論を以って理性でそれを抑えようとしても無理である。

 以上動物的本能から嫉妬を説明した。次に人間的感情による嫉妬ー嫌悪の説明に入る。

 男は結婚というシステムによって女に最大の愛を示す。女権型社会では男に女の扶養義務がないので、女権型社会の場合は男は結婚で最大の愛を示すことは出来ない。しかしほとんどの社会は男権社会である。同時に男脳社会でもある。

 男は結婚する時に、一生この女を養って幸せにするんだ、という覚悟を背負う。最大の愛でその女を包む。最大の愛を証明するために毎日働く。これは結構しんどい作業だ。ギブ&テイクではないが、女のほうもそれに応えなければそのうち関係は破綻する。ところが女が他の男で処女を失っていると、女は最大の愛をその男に示すことが出来ない。女側から見たら軽い気持ちだったのだろうが、結婚するような真面目な男にとって、処女を失った相手の男というのは初婚の相手と何ら代わりはない。それはそうだろう。最後までやっちゃっているのだから、結婚した自分と一体何が違うというのだろうか。コンドームをつけないでセックスする権利があるかどうか?そんな下らない問題ではない。

 男はどうにか頑張って最初の男より大きな愛の証明を女から獲得しようとするが、いずれそんな事はどうやっても無理だと気づく。自分は頑張って最大の愛を示しているのに、女はそれを自分にしてくれない。最初の男への止まらない嫉妬、そして現状への苛立ち。これは想像を絶する苦しさである。相手を想えば想うほど苦しくなる。婚前非処女で結婚した妻達はこの夫の苦しみを理解してほしい。だが過去は決して取戻せない。男が誠実であればそれはDVという形になって現れる。事実DVの原因の90%以上が、このような嫉妬に基づく感情であるというデータがある。男が誠実でなければ、浮気しまくる。自分は最大の愛を誓ったのに、女は最大の愛を誓えてない。この不平等な関係に嫌気が差していく。こうして非処女婚はたいてい以下の道を辿る。

1:家に帰るのが嫌になり、酒を飲んだりパチンコをしたりしてとにかく家庭を顧みなくなる。誠実じゃなければ浮気をしまくる。

2:女を滅茶苦茶束縛する。奴隷のように扱うことで自分への愛を示させようとする。誠実であればあるほどそれに暴力がついてくる。だが結局そんなことは無意味と悟る。

3:自分以外の男の性器が入ったという事で女が汚物に見えてくる。一緒にいることが苦痛になる。ここまで来るとかなり重症。

 男は案外潔癖症なもので、自分以外の男の性的なモノは不潔と感じる。これは嫉妬の感情とはまた別問題だが、嫉妬から嫌悪という感情に至るプロセスにおいてこれが一気に拍車をかけてくれる。他の男の性器と間接キスなど誰もしたくはない。細胞は三ヶ月ですべて入れ替わるそうだが、いくら理性で自分を納得させようとしても無理なものは無理である。綺麗に殺菌消毒したとしても他人の歯ブラシなんて使えないだろう。

 こんなことを言うとすぐに人間をモノ扱いしてる、などと反論する女が出てくるが、人間をモノ扱いしているのは彼女達のほうだ。彼女達にとっては他人の精子など、ただのモノなのだろうが男にとっては究極に不潔な意味を持つ。

 以上人間的感情から嫉妬ー嫌悪を説明した。続いては人間的理性から何故非処女が結婚に向いていないかの説明をする。

 「すべての女は母である。」これは私が大好きな天才ムハンマドの言葉である。すべからく現代日本人のビッチスイーツはこれを忘れている。母は聖なる存在でなければならない。ある日突然あなたが母親に、「私お父さんの前にも彼氏がいたんだよね。セックスも沢山したよ。好きだったからね。気持ちよかったし。ひょっとしたらあなたじゃない子を産んでいたかもね。」などと言われたらどう思うであろうか。おそらくあなたは大きく傷つき、自己の存在を肯定できなくなるだろう。

 このような母の下に生まれた子は確実にまともには育たない。大抵の場合は同性愛者になる。人によっては「結婚しても別に子供いらないし」などとほざくであろう。しかしそのような人は人類の未来を放棄している個人主義の快楽主義者である。ここでもまたイスラームの言葉を引用する。

“ 「産みたいひとが産めばいい」というのも成り立たない。皆がそう考えれば人間はいなくなる。子を産まなければ人類は存続できない。そして母が子を良い人間になるよ うに愛情をもって育てなければ、排他的な人々があふれ、人類の文化も社会も壊滅するだろう。産まない自由を主張する者は、自分の母あるいは祖先がそのような考えを もたなかったからこそ自分が存在しているのだということを、どう受けとめているのか。産まない自由ということは、自分のことを考えているからだ。子供のためでも、 社会や人類のためでもない。もし何かの問題によって、子を産むことが困難や危険なら、その場合は他の問題であり、自由の問題ではない。

 自分だけを中心として考えるから、母になるか否かは自分で決める問題だと思ってい る。子を産んで育てるかどうかは、子が欲しいかどうかの問題だという。子は親のも のという感覚だ。自分中心主義。そこから断絶や非行やいじめがスタートする。産まない自由などという人々は、自立と独立を求めすぎて、かえって自分を人類の流れから切り離してしまい、自己の存在感を失ってゆく。あるいは、自己の存在意義など認 めていないのかもしれない。偶然に生まれてきて、なんとなく死んで行く。生まれてきたから、しかたなく生きている。生きていても死んでも変わりはないが、わざわざ 死ぬこともない。そして人類が存在しようと滅亡しようと、どうでもいいことなのだ ろう。 ”

 このような人類の未来を考えない人間は無責任で自己中であるので、社会的に害悪として認識されなければならない。間違っても母親になってはならない。母と同じく無責任で自己中な子供が育つだけである。

  続いて浮気の可能性の問題がある。女は精神的に弱くなった時に元彼にすがる奴が多い。元彼というのは便利な存在である。友達以上恋人未満、それでいて気楽に付き合える相手。こんなふうに考えている女が大勢いる。元彼といつまでも身体の関係を続けている女のなんと多いことか。また元彼にすがらない女であろうと、経験人数が多いほど浮気へのハードルは低くなる。犯罪を犯す時に0回目から1回目、1回目から2回目、3回目から4回目、と経験地が増えるほどハードルが低くなるように、浮気問題も同じことが言える。彼氏をとっかえひっかえしていた女は乗り換えの罪悪感がほとんどない。反対に0から1へのハードルは果てしなく高い。よって処女婚のほうが浮気をする可能性は絶対的に低いのである。

 更に比較対象の問題もある。ドラッグと同じで大麻しか知らなければ大麻で満足するが、よりハードなドラッグをやればやるほど、先にあるトリップの可能性を求め続け、質も量も過激になっていく。恋愛も同じことが言える。多くの男を知れば知るほど男に対する要求値が高くなっていく。そして、乗り換えを一度経験すると「ダメだったら別れて新しいのを探せばいい。」という発想が出来てしまう。現状の関係をなんとかして改善しながら保っていこうとは露ほども思わなくなる。

 よくその時は本気だったから、などと言い訳をする女を見るが、本気ならなぜ別れてしまったのだろうか。愛が軽いにも程がある。或いは好きだったからしょうがない、などとのたまう。成る程つまり結婚した後に誰か別の人を好きになって、本気になってしまったら簡単に身体の関係を持つわけだ。恋心というのは長くても3年で冷める。3年経ったら他の男にときめいて、好きになってしまったから浮気もしょうがない、という理屈になるのであろう。そんな女は母になる資格もないし、妻になる資格もない。こんな女の「本気の愛」を信じろ、というほうが無理である。反対に処女婚であった場合、恋心が冷めても自分以外を知らないという信頼がある。なので愛は残る。愛が残っている限り関係は続く。そのうち何かのきっかけで恋心が復活する。殆どの男は年を取っても愛妻家でいたいものだ。

 以上長くなってしまったが、非処女が結婚に向かない理由を説明した。
とは言え婚前非処女の諸君が絶望する事はない。ただひとつ、婚前非処女でも結婚して幸せになる道は残されている。

 それは男を養う事である。自分が夫に最大の愛を示せなかった事を懺悔しながら毎日過ごすのだ。そして、長期間に渡る愛の証明として、男を扶養するのである。この形態なら婚前非処女でもある程度幸せな結婚生活が送れるが、当然自活できないレベルの男としか結婚できない。そしてまた、夫を狙う処女が現れた場合、婚前非処女だった女は絶対彼女に勝つ事が出来ない。

 
 

 さて昨今のビッチスイーツ文化について言及する時がやってきた。
このすべてを極めし内田貴洋が、ビッチスイーツがどのようにして作られるかを語る。

 女は思春期を迎えるといかにして異性にチヤホヤされるかを考えるようになる。そして若い内は誰でもそうだが、自己の身の程など弁えてはいない。また人間は誘惑に弱い生き物である。個人差はあれど、たいてい14~16歳程度で様々な男から身体目当てでチヤホヤされるようになる。誘惑の大バーゲンの開始である。

 この段階で、頭の中がいかにチヤホヤされるかばかり考えている人間は人生に大満足してしまう。自分は一生こうやって生きていくのだと勘違いしてしまう。何故なら、そう考えることが最もイージーであり、他の事を考えようものなら将来への不安や自己鍛錬などのストレスを常に感じることになるからだ。だから最も楽なことしか考えない。これを思考の停止、世の中への甘えと言う。本質を隠して寄ってくる男達、モノを消費させようとするマスコミ、そして自分達が幸福になれないとわかっている同性ビッチスイーツ達からの誘惑がそれに拍車をかける。こうして完全に洗脳されてしまった若い女は自己と相手の釣り合いや、相手の本質を見ずに、ファッション感覚で男と付き合う。

 だが大抵はヤリ捨てされてしまう。自己の内面を磨くのを止めたから中身がなくて飽きられて捨てられてしまうのか、或いは相手が元から女=やり捨てみたいな薄っぺらい男だったのかは場合によるが、どちらにせよ失った純潔は二度と戻らない。純潔というのは男にとっては非常に重要な要素であり、これを失った女は90%以上もうまともな結婚前提の付き合いはできない。いわゆる遊び用の女に成り下がる。気づかないのは本人ばかりで、男側はひたすら本音を隠し、その女を仲間内で次々とたらい回しにしたり、飽きたらすぐにポイ捨てしたりする。このような男からの自己否定が続くうちに、これらの女は男性不信になる。

 男性不信になった女の行動パターンは次の二通りである。
1.男に対してやたらと攻撃的になる。
2.男を手玉にとって遊んでる私クール、と悦に入る。
ほとんどの場合は後者になる。
1がフェミババア、2がいわゆるインターネットスラングで言うところのビッチスイーツである。ビッチスイーツは男に身体目当てで言い寄られているだけなのに、自分に価値があると自分に自己暗示をかけている。実際は価値などなく、単に弄ばれているだけなのだ。本人もそれをよくわかっている。だから長年ビッチスイーツをやっていると欝病になっていく。

 20歳を過ぎたあたりからビッチスイーツの勢いが止まる。男が寄ってこなくなるのだ。だが、今更内面を何も磨いてこなかったビッチスイーツに人生を立て直す実力など残っていない。悔い改める事も出来ない。自己を否定する事になるからだ。鬱病状態で自己否定を認めてしまったらもう自殺するしかない。最後最後の部分の生への執着がそれを踏みとどまらせている。

 25を過ぎる。このへんからもうまともな男は全く寄ってこなくなる。しょうがないのでビッチスイーツは身体を餌に、それまで絶対に相手にしてこなかった容姿のひどく悪い男を誘惑し、肉体的にも精神的にも依存するようになっていく。欝がひどくなり、薬が増えて太っていく。生活リズムがガタガタになり肌が滅茶苦茶。徐々に相手にする男も減っていく。

 27を過ぎる。もはや容姿がひどく悪い男からも相手にされなくなる。だがまだこんな豚でもやりたい男はいる。それは外国人である。外国人から見れば日本女は実年齢-5歳くらいだからだ。つまり外国人は彼女らを22歳くらいの感覚で見ている。

 外国人は遊び用の女と結婚用の女をはっきりと分ける。遊び用の女には徹底的に短期決戦を挑む。そこで使われるのがご都合主義レディーファーストだ。本来レディーファーストはレディにしかやらないのだが、外国人は日本女とやるためならそれを平気で悪用する。こうして「やっぱ日本の男はダメ。外人はいいよ。」とか抜かすイエローキャブビッチスイーツの完成。またしても身体目当てに寄って来てる事に気づかないフリをしてあくまで自分がイケてる女と自己暗示をかけ、心の底の真実を認める理性と戦いながら30歳まで欝病の薬を増やしつつ自殺未遂を繰り返したりして過ごす。

 30を過ぎる。もはや外国人ですら相手にしてくれなくなる。ここでビッチスイーツは自分の生き方がいかに自己の価値を省みず、自己鍛錬も全くせず、見栄と快楽に流されてただ消費しかしてこなかった糞みたいな人生だったかと気づかされる。たいていの場合は実家に戻り、自殺してTHE END。これが内田貴洋が見てきたビッチスイーツの一生である。サンプリング数は50近い。ほとんどがこんなテンプレ通りの生き方をして、死んでいる。

 ビッチスイーツは愛人モデルの生き方を中途半端に自分に取り込んでおきながら、本妻タイプの生き方を将来的に送ることが出来ると考えてるから失敗するのである。このそれぞれの人生タイプについては別の機会に述べることにする。
 この二つの生き方を同時に選択することなんて不可能である事を、大人がきちんと教えるべきであった。結婚したら今までの生き方がリセットされるなんていうデマを流したマスコミの罪も重い。だから若い頃は沢山遊んでー、沢山恋愛してー、28くらいで落ち着いた男の人と結婚かな。なんていう人生と男をナメた信じられない発想の女どもが大量生産されているのだ。

 さて今現在まだ貞操がある女性諸君は、次の事を肝に免じておきたまえ。

1 最初の男を最後の男にしなければ、君に幸せは訪れない。軽い気持ちで最初の男を決めてはならない。君には可能性とそれに見合う価値がある。

2 若い内は20人男女がいれば女全員が一人の男を選ぶ。価値観の多様化が起きていないからだ。年を重ねるとそれぞれの「かっこよさ」を理解できるようになる。反対に若い頃かっこいいと思っていた男が、燻って見えるようになることもある。だから若い内の自分の鑑定眼などアテにしない事だ。

3 男を選ぶ事を考える前に、果たして自分が恋愛をして良いレベルまで精神が成熟しているかどうかをよく考えることだ。子供のままではやり捨てされる。常に自己鍛錬の気持ちを忘れてはならない。自分が母になる覚悟がないうちは、恋愛などまだまだ早い。

4 上記の事をわきまえ、条件を満たし、それで好きになった異性がいるなら付き合うが良い。しかし結婚するまで身体の関係は持たないことだ。純潔は二度と元には戻らない。

以上、内田貴洋の救済の言葉。

 ブログ移転後初めての投稿となる。

私がよく女性について語ると、「今時そんな人いないんだから。」と言った声を非常によく聞く。だがじっくり考えてみてほしい。これはフェミニスト達の罠なのだ。今のバブル世代以降、日本はアメリカやノルディック諸国と同じくフェミニズムにやられた。女は女であるというだけで価値があるとされ、皆がその風潮に踊らされた。人間的魅力を磨く女がいなくなり、挙句の果てには遊びまわった自分にまだ価値があると勘違いし、しょうがないから結婚してやるといった態度に出た。

 世の中の多くの男は若い頃遊び回ってチヤホヤされて感覚の狂った女と結婚し、毎日プライドを傷つけられながらじっと耐えている。私は言いたい。お前達、そんな結婚生活で幸せか?そんな残飯引き取って精神状態大丈夫か?と。
だがそういう人に限って自己評価が低く、「こんな俺と結婚してもらえたのだから。」などと言う。しかもこういうパターンは大抵の場合妻が専業主婦で出来ちゃった結婚である。

 ビッチスイーツ、この単語自体はインターネットスラングであるので、その意味はご自身で調べて頂くとし、ここではそれより一歩進んだ議論をしたいと思う。
ビッチスイーツと結婚するなら外国人と結婚しろ!これがこの内田貴洋の出した回答である。

 ビッチスイーツは中学生くらいからいかにして容姿でチヤホヤされるかに夢中になり、中身をまるで磨いていない。つまり中学生くらいで精神年齢が止まっている。以下、ビッチスイーツとの会話例を挙げる。

例1
「ねぇ、どこ行きたい?」
「えー、楽しいところ。」
「どんなのが好きなの?」
「わかんない。考えてよ。」
「好きな食べ物とかある?」
「えー、肉とか。」
「肉って言ってもいろいろあるよ。」
「えーわかんない。」

例2
「ちょっと車壊れちゃったんだけど」
「壊れた?どういうふうに?」
「え、なんか朝起きて乗ろうとしたらエンジンかかんない。」
「何か心当たりとかある?」
「え、わかんない。」
「いつもと違うところは?」
「え、どこだろう。わかんない。見に来てよ。」

 他にも色々なパターンがあるが、大抵はこんなもんである。

 さあ、ここでよぉぉおく考えてみてほしい。上記の会話、外国語でも出来るだろう。つまりビッチスイーツとの会話内容ってのは我々がつたない外国語で交わせる程度のレベルなのだ。ビッチスイーツと一緒にいても深いコミュニケーションが得られることはない。言葉が通じなくても聡明な外国の女と結婚するべきである。どうせビッチスイーツと結婚しても子供の世話を焼くようなもので、ロクな事はない。外国の女と結婚したほうが得るものは多い。

 今現在ビッチスイーツと結婚している男はすぐに離婚しろ!子供はいくらかわいくても見捨てろ。ビッチスイーツの遺伝子などいらないだろう。どうせ出来損ないしか育たない。特に子供が女なら最悪だ。ビッチスイーツスパイラルだ。月に1回最低限の養育費を払うだけで、君は人生の輝きを取り戻せる。君は今、本当に自分の家庭が楽しいかい?胸に手を当ててよく考えることだな。

ビッチスイーツは、幼稚で、頭が悪くて、自分で何もすることが出来なくて、精神的なケアまでこちらに押し付け、しかも日本人のほとんどはスタイルがひどく悪い!で、貞操がない!全くいい所がない!
なので、ビッチスイーツと結婚するくらいなら外国の女を狙えという事だ。幸いアジア人は童顔に見られるのである程度の年齢まで行っても十分TEENを狙えるであろう。以上。

 

POSOという動画を見た。
ポソ紛争の動画だ。

ポソ紛争とは、インドネシア中部スラウェシ州北東沿岸部の主要な港であり交通の中心であるポソで1998年末から2001年の末までに起こった宗教戦争の事である。

 この動画は兵士の死体に始まり、続いて殺された子供達、生首を持って喜ぶ兵士、そして刀で一人の市民をリンチする様子が写されている。バガボンドの世界を地でいっている。この世の地獄だ。

 私は動画についてるコメントが軒並み「宗教って恐ろしい」というステレオタイプな事に驚いた。宗教というもの自体は平和のために作られているものだ。よって宗教を信じ込むことによってこのような残酷な事が平気で出来るようになる、という事はありえない。そもそも日本の戦国時代だってこのような感じであった。宗教って恐ろしい、の一言で終わらせてる奴は思考が停止している。

 私はこの紛争の残虐性を以下のように分析している。

1 住民に根深く残る憎しみ

 まあそのまんま憎しみである。宗教対立だけでこんなにまで憎しみを抱くことはない。キリスト教徒とイスラム教徒の友達が仲良く神について議論するなんてのはよくある事だ。おそらくこの憎しみの正体は宗教ではなく他の恨み事であろう。

2 復讐への恐怖

 中華文明圏でよく見られる事だが、親を殺したら子が復讐に来る。よって禍根を断つ、という発想だ。それほど抗争が泥沼化している、という事であろう。

3 殺しを行った人間達の無垢さ

 これが最大の原因であると思われる。人間とは生まれつきひどく残酷なものだ。実際、対ゲリラ戦などで徹底して行われることは、武器を持った子供から先に殺すことである。武器を持った子供は何のためらいもなく撃ってくるからだ。

 さてこのポソ宗教戦争についてもう少し詳しく調べたところ、驚きの事実が発覚した。

http://blog.livedoor.jp/osinoue/archives/2005-08.html
より引用

・ポソのメインストリートは、中央市場前のせいぜい20-30軒からなる商店街と、県知事庁舎や県議会議事堂のあるいわば官庁通りの2本だけである。ほかには何もない。宿屋もホテルと呼ぶほどのものはなく、安宿が2-3軒あるだけである。

・実際、ポソ紛争は工作あるいは扇動による可能性がかなり高い。その理由は次の通りである。一つは、紛争の初期においては異教徒宅や宗教施設への放火などが中心であったが、次第に銃が出回りはじめたことである。しかもそれらの銃は陸軍兵器工場(PT Pindad)で作られたものである。

・ところで、ポソ紛争の初期においては、イスラム急進派のラスカル・ジハードの部隊がイスラム教徒支援のために潜入し紛争を煽ったようだが、意外にもキリスト教徒の側は、ラスカル・ジハードをあまり恨んではいない。「ラスカル・ジハードには、子供や老人を傷つけてはならないという掟がある」というのが、その理由である。

 これらの事から、ポソ宗教戦争は武器商人が自分達の私腹を肥やすためだけに、日本で言ったら日本海側のさびれた漁村程度のクソ田舎の無垢で無知な民を煽って起こしたただのマネーゲームであるという事実が見えてくる。ここで言う武器商人とは、インドネシア陸軍である。そういえば東ティモールもマルクも・・・と考えると恐ろしい。

 権力者の欲望によって、人々が踊らされ、争う。無知で無教養であればあるほど抗争は激化し、泥沼の紛争が起きる。ルワンダ内戦、シエラレオネ内戦、ソマリア紛争、抗争が泥沼化している地域はいずれも武器商人の影が見える。そしていずれも、住民は無知で無教養である。

 格差という火種がある場所の無知で無教養な民に、武器と何かの言い訳を与えてやる。ポソの場合は宗教という言い訳だ。たったそれだけで民は暴走する。いや、暴走という単語は正しくない。彼らは自分の欲に忠実に動くだけだ。この紛争には人間の欲しかない。紛争を煽る側も、煽られる側も、皆が欲まみれになって動いている。私が動画で覚えた不快感の正体はこれだ。ひたすら欲むき出しで気持ち悪いのだ。

 人間の本質は残酷で残虐なのである。教育によってそれが是正される。思えば日本はよくあの地獄のような戦国時代から、ここまで軌道修正できたものだ。とはいえ、ポソ紛争の犠牲者は1000人。日本の自殺者は年間3万人。堕胎数は・・・

 戦争の本質が、増えすぎた人口の淘汰であるならば、現代日本の我々の戦争のほうが規模では大きいとも言える。ただそのスピードが速いか遅いかの違いしかない。

 と、まあいろいろ考えさせられる動画であった。

http://www.veoh.com/browse/videos/category/faith_and_spirituality/watch/v1184685RPeBcPDQ
そういえばこの動画、途中からクルァーンっぽい歌がかかっているが、製作者の悪意を感じる。明らかなるイスラームのネガティブキャンペーンだ。

俺王国その3

学歴は資格制にする。学校はすべて私塾制。資格を取るのに必要なものは実力のみ。年齢などは一切無視。各私塾はそれぞれひとつの学科しか担当できない事にする。よって生徒は月曜日はA校で数学系、火曜日はB校で文学、水曜日はC校で社会学、といった具合に複数の塾を掛け持つ事に為る。

年間3回全国統一でテストを行い、絶対点数式で資格の取得にあたらせる。クラスはA~Eまであり、Aが頂点。各資格の受験資格はその下位資格の取得が条件。つまりAを受けるためにはBをもっている必要がある。Bを受けるためにはCを、といった具合だ。

クラスE:

宗教 国語 数学 英語 理科 政治経済 スポーツ 家政
日本でいう中卒レベルにあたる。クラスEを取得していない者はどんな就労もしてはならない。

クラスD:
宗教 国語 数学 英語 アラビア語 理科 地理 政治経済 世界史 スポーツ
日本でいう高卒レベルに相当。ほとんどの求人はこのクラスD以上ということになっている。各専門資格もこのクラスDを最低条件としている事が多い。

クラスC:
宗教 国語 数学 英語 英文学 アラビア語 物理 化学 生物 地学 地理 政治経済 世界史 法学 スポーツ 
尚、車の免許取得の最低条件はこのクラスCである。外国渡航が可能になるのもここから。日本でいうと大卒程度

クラスB:
宗教学 宗教史 論理学 論文 語学系専門教科 理系専門教科 政治経済 戦術戦略   
結婚をすることが出来る。兵役が可能になる。国民はクラスBを以ってようやく一人前とされる。

クラスA:
思想哲学 各専門分野 社会学 政治経済 ディベート 
参政権が与えられる。クラスA取得者は少ないので、だいたいそのまま議員になる事が多い。

以上。

 

 前回お話した女脳社会の続編である。書こうかどうしようか迷ったが、批判を恐れずに書くことにする。

 女脳は男脳の人に影響を受けたり、男脳の思想に触れないと男脳化することはない。つまり女脳社会にいると一生男脳に変わることはない。これの典型的な例がいわゆるDQNスパイラルである。物事を快不快で判断し、快なら好調だが不快になると解散。これを地で行くので沢山の母子家庭が出来上がる。この後母親が男脳化すれば良いが大抵は実家に寄り付いて女脳のまま子育てをすることになる。

 こうして周りを女脳で囲まれて育った人間は男脳になることはできないわけで、やっぱり快不快で判断する女脳人間ができあがる。これがいわゆるDQNになる。暴走族の若者など典型的である。気持ちいいから暴れまわる。ぶん殴られたら気持ちよくないのですぐ誤まる。しかし30分後にはもう我慢できなくなってまた暴れまわっている。快不快しか判断してないため、形容詞が「ヤバい」しか存在しない。更に問題であるのは、現代日本は社会全体が女脳化しているので、一般人までこのDQN気質を備えまくっている点である。「キモい」というひたすら感情的でしかない単語が流行している時点でそれは明らかである。当然このような社会ではモラルもへったくれもなくなる。

 お笑い番組などTVを中心としたメディアが更にそれに拍車をかける。日本のお笑い番組では小難しいことを言う人間を、快不快で批評して笑いを取るという光景がよく見られる。雑誌をはじめとしたメディアは快不快にうまく便乗させてモノを売ろうとする。結果として男脳の人間はどんどん居場所を失っていく。男脳でいると損をする社会になってしまっている。誰も男脳を評価はしない。そもそも法律や憲法が男脳を否定している。もちろん教育もだ。

 さてこの女脳社会のスパイラルに陥った日本が将来どのような道を歩むのか、私はだいたい予想がついている。

1 さんざん遊びまわってきた女脳の人間(主にスイーツと呼ばれる人種)がホームレス化。一部は後進国の人間と国籍目当ての結婚をし、日本に大量の外国人が帰化。しかしDVにより離婚。この男達はギャング化する。ブラジル人が多い。

2 男脳であり続けた人間(主に普通に働いている男性)達の国外脱出、あるいは男脳社会の国の人間と結婚。ここでまた大量の外国人が帰化する。中国 韓国 フィリピン ルーマニア が多い。

3 介護用に研修生名目でインドネシアから若い女性を輸入。ここで日本にイスラームが初上陸。モラルが崩壊している日本人に嫌気が差した連中がこれとこぞって結婚。改宗。

4 日本は分裂する。中国サイドと韓国アメリカサイド、そしてムスリムサイド。

5 ギャング団、イスラム過激派、中共過激派、が三つ巴の争いを繰り広げる危ない国になる。韓国アメリカサイドは内部分裂をおこして衰退する。

http://1dk.fc2web.com/toukei.htm

以上おわり。

 

誰であろうと男脳100%、女脳100%ということはない。

自分がどちら寄りか気になる人はこれでもやりたまえ。

http://www.utopia-o.com/braintest.htm

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